こんなことになるはずじゃなかった

アニオタがジャニオタになりました。

私には世界一綺麗な顔の推しがいた

私には推している俳優がいた。

初めて彼を知ったのはたまたま好きな俳優がたくさん出ているドラマだった。クォーターなこともあり女性と見まごうほどに美しいその顔はかなり洋風で、またその時見ていたドラマの役が外国人だったために、勝手に本名はカタカナな名前だと思い込んでいたら本名は純和風でとても驚いた。

『洋風顔なのに和風の名前の綺麗な人』それが第一印象だった。

 だがその時は推すに至らず、本気で彼を推し始めたのは数年後、また別の番組で彼を見てからだった。

 彼の代表作ともなった朝の子供向け番組で、私は再会した彼にどっぷりとハマった。その番組で彼の演じる役が好きだったのもあるのだが、その役と本人の人見知りでおとなしい性格のギャップが狂おしいほどに魅力的だった。 

 また洋風な顔立ちも時を経てさらに美しくなっていて、こんなきれいな人類がこの世に存在していることに何度も感謝をした。

 ハマりたての時は高校生なこともありお金がなくて遠征もできなかったので紙面と画面の中の彼を応援することしかできなかった。だが、それから1年くらいして私は専門学校を入学したことを皮切りにアルバイトを始めた。ちょうどそのころに彼はCDデビューを果たし、インストアイベントやライブツアーを積極的に行い始めた。

 私がお金がある時期と、彼の活動が多くなる時期がたまたま重なったのだ。

 初めて彼に会いに行ったのは隣県でのミニライブだった。

学校のディズニーランド研修から夜行バスで帰宅してそのままシャワーを浴びて顔を作り直して、車で3時間かけて会場に向かった。

前から2列目のなかなかいい席を確保して、初めて彼を生で見たとき、あまりの綺麗さにびっくりした。一般人の顔の半分くらいじゃないかと思うくらい小さい頭に適切な位置に適切なパーツが適切な大きさで配置されていた。「現代に降り立った天使だ」比喩表現とかではなく、本気でそうではないかと疑った。

歌っている最中周りの人が反応欲しさに必死に手を振っていたので真似して手を振ったら、確実に目が合った時にふわっと笑って手を振ってくれた。

あ、やばいやつだ。

そう思いながらもCD購入後の握手会に参加した。間近な距離でそのきれいすぎる顔を見て、男性らしい大きくて少しひんやりする手を握った時、完全に心が決まってしまった。

何が何でも推そう、と。

それからインストアライブ、ツアーあらゆるものに飛んでいった。同じCDも何枚も買った。彼を推してることが楽しかった。世界で一番きれいな顔が微笑んでるだけで幸せだった。

 

だが、それは長く続かなかった。

ここまでずっと過去形で話している通り、私は彼を推すことをやめてしまった。

 

彼自身には何も不満がなかった。いつだってスタイルも顔も完璧で、衣装も自分に似合うのをわかって着ているのでビジュアル的に「美しい」「スキ」以外のことを思うことはなかった。彼自身がやりたいと常日頃から言っていた歌とダンスのクオリティだって想像を超えるときばかりだった。

ドラマだってチラチラ出ていたし、バラエティもたまーに出ていて、少ないなとは思っていたけどそれはそれで全然満足できていた。

でもある時から目につくようになってしまったものがあった。

それは彼のファンだった。

自分と同じファンが気になるようになってきた。

最初に「ん?」と思ったのはライブハウスでのライブだったと思う。ジャニーズみたいに席が決まっていなくて、整理券番号順での入場だった。その日はCD購入者にだけ握手会があった。私と一緒にいた姉は前日もインストアイベントで握手していたのもあり、なるべく前に行きたいからとCDを購入はしないことにしていた。それで後方のCD売り場は無視したので前の方に行くことができた。割と前の方で目の前に柵もあって見安そうな位置。そこで早く彼の歌を聞きたくてドキドキしていた時だった。

「すいません、そこ私の場所なんですけど」

そう声をかけられた。

 振り返ると私より20くらい上の女性が明らかに怒った顔をしていた。え?と首をかしげ下を見ると柵の所にカバンが置いてあった。

「私、場所取りしてたんです」

 そう女性は言った。そもそもライブハウスでは大きな荷物はコインロッカーに預け、貴重品はウエストポーチやショルダーなどの身に着けられるカバンにいれてなるべく身一つで挑むのが普通だと思っていた。だが、女性はどうやらここに荷物を置いてからCDを買いに行き、また戻ってきたら私たちがいたので場所を取られたと怒っていたのだ。いや花見じゃないんだから場所取りも何もなくない?と思ったがライブ前にわざわざ揉めても仕方ないので場所を譲った。その時にもじろり、と睨まれた。

 彼は子供向け番組に出ていたのもあり、ファンの世代が結構上の方だった。その人もそのうちの一人だった。

 その日からそういったファンが目につくようになってきてしまった。

ライブの中身、本人はすごく最高なのだけれど、その上の世代のファンの人たちが私はだんだんと気になってきた。ライブ中に子供に肩車して見せようとする人もいた。子供がぐずるときもあった。仲がいいママさん同士のファンはずっとしゃべっていて開演時間になっても座らないこともあった。

 私だけかな?と思ったら友達と一緒にいた時に開演時間でも座らないファンの人を指さして「あれなに?」と言っていて、ああ私だけじゃないんだな。と思った。

 決定的だったのはクリスマスイベントだった。

 その日のクリスマスイベントは子供限定で彼と写真を撮ることができた。ブロックごとにまとめてステージにあがり、彼と1列に並んで、親はその様子を1枚だけ写真を撮ることが許された。あまりの子供にとって神イベントに私も子供がいたらなーむしろ子供になりたいなーと思いながらも子供ときゃっきゃしてる推しを見て幸せを感じていた。

 が、そんな中泣きながら登壇させられた子供がいた。

 まだ4歳くらいの少年は、こんな多くの人の視線が集まるステージが嫌だったようで号泣していた。まだ幼いのだから恥ずかしいし怖かったのだろう。でもその子のお母さんは好きな俳優を自分のカメラで撮るめったにないチャンスに意地でも息子を登らせた。

 すると優しい優しい推しは、その少年に大丈夫?と近寄った。そしてそのまま抱っこしようとした時、少年は触れられた瞬間暴れて少年の手は私の推しの顔にクリーンヒットした。世界一綺麗な顔にだ。推しは殴られた瞬間「痛いっ!!」と思わず声を出したもののすぐにへへへと笑って和やかな空気にもどった。でも私にはその光景が目に焼き付いてしまった。そのあとのイベントは全然楽しめず、頭の中で(なんで推しが痛がる姿を見なきゃいけないの?)の気持ちだけがぐるぐるしていた。

 確かに人前が苦手な子供もいる。そんな子供に軽率に触れようとした推しも悪いのかもしれない。それでも、子供のことを一番に考えてお母さんが登壇させなかったらこんなことにならなかったのでは?考えれば考えるほどにそのお母さんに対する疑念や怒りにも似た思いがふつふつとわきあがってきた。

 そのあともライブに足を運びましたがどうしてもそんなファンが目についてしまう。

 

自分でもこれが降り時なのだ、とわかった。

 

彼のことは好きだし、何度見たって私の中で「世界で一番きれいな人類」で「天使の体現化」には変わらない。

ファンの人だってそういう人ばっかじゃないのもわかっている。でも、それでも目についてしまう。

結果としてそれから私は降りました。彼のライブにいくのもやめた。行きたくなるから追うのもやめた。最初は寂しかったけどだんだんと心は落ち着いていった。

 よく『ファンが理由で降りるのは本当に好きじゃない証拠』みたいな話を聞く。なら私は本当に好きじゃなかったのかもしれない。でもマナーが悪い人がいても、推しが傷つけられても耐えられる『好き』って何かも、私にはよくわからない。

 

 ただこのことを通して少し学んだこともある。オタクは思った以上に推しや自担に影響があるということだ。私○○が好き!というのはそれのうちわを掲げて歩いてるのと一緒で、何かをすると「私個人」ではなく「○○のファン」が白い眼で見られるようになる。公言することは見えないうちわを掲げることなのだ、と反面教師たちが教えてくれた。

 

 さて、なんでこんなことを長々と書いたかというと一回担降りした話をしたかったのと、何と彼の現場に数年ぶりにお邪魔することにしたからだ。会場はめちゃくちゃ広いし、彼目当て以外の人もいるから大丈夫だろうと思って久々にチケットをとった。

 またああいうファンを見たらどうしようと思ったりもするけれど、でもやっぱり会いたくなってしまう。だって世界で一番顔が綺麗なんだもん!!!!!!!!!(イケメン好きのオタクの血)

 

 元推しよ。世界で一番きれいな顔の元推しよ。

 私がも~~~~~~うファンなんてどうでもいい!!!!やっぱり好き!!!!!!!出戻る!!!!!!!!!!!!!!と思わせてください。

 そしてみなさん、どうか見えない団扇のことを忘れないで欲しい。勝手に辛くなって勝手にファンやめて、何言ってんだお前って話なんだけど私だってずっと応援していたかった。ずっと君の顔が1番綺麗だよ!!!と伝え続けたかった。お前の都合なんか知るかだったらやってりゃいいだろと思われるかもしれない。それでも言いますだってここは私のブログだもん。

  『その人のことがどんなに好きでもファンでいられなくなることもある』

  嫌だけど、これは私の体験した事実です。